遠距離介護 実家に足止めをくらう

本来なら大阪に戻って機嫌よく暮らしているのに、
月曜日から93歳母が入院したので、
ド田舎の実家に足止めを食らわされている。

様々な事情でどうしても同居したくなくて、
毎週2泊3日で様子を見に帰っているが、
ついに来たか〜〜。

母親は6〜7年前から、毎年必ず入院している。
しかも毎回、命に関わるような状態で。

直近の3年だけでも、
敗血症ショック、心不全増悪、胆嚢破裂。
どうですか?凄いでしょ?
どれか一つでも90代には応えるはずやのに、
かなりの生命力やと思う。

胆嚢破裂の時は(胆嚢が破裂て、相当ヤバイ)先生から、明日死んでもおかしくないと言われ、
ほんなら葬式の準備もしとかなあかんなと、
銀行口座が凍結する前に葬式代を下ろしたのに、
復活してもうた!
この婆さん、妖怪ちゃうか?

そんな経験してるもんで、今回も慣れたもんですわ。
診てくれたのは初めて会う先生やったけど、
血液検査やレントゲンやCTや、
いろんな検査結果を見て即入院を言い渡された。

入院が長引くと長期間仕事を休まなあかん。
何の責任もないパートやけど、
あまり長い間やとクビになるかもしれん。
ちょうどいい具合に暇な職場やから
気に入ってたのになぁ。

そこで先生に入院は1週間くらいになりませんか?て聞いたら、

「あのね❗️検査結果、相当悪いの❗️いつまで入院かわかりません💢」て言われたけど、
そんなヤワなタマちゃいますねん、この婆さん。

案の定、今回も死にそうやったのに点滴で持ち直し、絶食が気に入らんみたいで空腹を訴えてます。

見事に復活しつつあるが、一年ごとにひと回り身体が縮んでいるみたいだし、足腰もガクンと弱ってきている。目も耳も相当悪い。

歳を取ると身体はこういう具合に変化していくんやなということがよくわかる。
それはもう坂道を転げ落ちるという表現通り、
凄いスピードで弱っていく。

でも、身体が弱るのと寿命とはまた別物らしい。人間には予め決められた寿命があり、その寿命が尽きるまでは何があっても死なないのかも。

自分の寿命があと何年か分かれば計画的に生きられるのに、5年先か、20年先か、30年先か、分からないのが悩ましい。

明日死ぬと思って今を生きよう。
永遠に生きると思って学ぼう。
これはマハトマ・ガンジーの言葉。

明日死ぬと思って今を生きるなら、
もうしたくない事は極力避けよう。
寿司はウニとトロだけ食おう。

偉人とはえらい違いやけど、
自分の気持ちに正直に生きていけたらいいな。

それと将来、大病をした時に
「寿命があるなら生き延びられる、
ジタバタしたってしゃあない」て諦観できたら理想やけどね。

おっさんは何処へ行った?

大阪には「天神橋筋商店街」という日本一長い商店街がある。

天神橋筋1丁目から7丁目まで、延々2.6キロメートル続くが、1丁目、2丁目と数字が上がるほどディープさを増し、5丁目辺りから、それはもうクッキリと様相が変わる。

 

私は今から30年ほど前、ディープさが最高潮となる天神橋筋6丁目、通称「天六」に住んでいた。

商店街から少し路地に入ると、いかにも”場末”という形容がぴったりのうらぶれたスナックや、ストリップ小屋があって、昭和のにおいがプンプンする、それはそれは楽しい地域であった。

 

昨日、久しぶりに会った友人と、この懐かしい天六へと出かけて来た。

待ち合わせは環状線天満駅

改札を出たあたりから、ん?なんか違和感が。

日曜日だからなのか、駅前にわらわらと若者が群がっている。

おかしい、おっさんがいない。

 

この界隈は正統派おっさんの生息地であるはずなのに、ひとりもいない。

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天六に隣接する中崎町というエリアがあるが、ここは昔、サラリーマン系おっさんの聖地であったのにいつの間にか隠れ家風カフェだの雑貨屋だの、雑誌「SAVVY」が特集を組むような街に成り下がり、おっさんが消えた。

その波がじわじわと天六まで押し寄せているのであろうか。

 

それはさておき、何を食べるかぶらつきながら決めましょかということで路地裏を散策。

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 そうそう、この猥雑な感じ、昔と変わってないやん!

ごちゃごちゃと小汚い店が所狭しと並んでいる。どれどれと中を覗くと、

何と流行りのバル風居酒屋ではないか。

右を見ても左を見ても、中は小洒落たしつらえで若者たちで賑わっている。これじゃおっさんは入りにくかろうな。

 

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焼肉屋であろうが焼き鳥屋であろうが、

み〜〜んなさりげなく今風に変わっている。

この一見、小汚い風というのがなかなか芸が細かい。

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何やら不思議な熱気に包まれてぶらついてるうちに、日本ではないアジアの何処かの空間に迷い込んだような気になってくる。

 

そう言えば商店街も路地裏も、昔は夜も8時になれば閑散としていた。そのうらぶれ感が味わい深かったが、街が元気だったかと言えば話は別だ。

 

街は確かに活気に満ちている。

地べたに座ってバケツに漬け込んだ手作りキムチを売る、韓国人のオバちゃんはもう居ないし、店構えも中もホンマに汚い赤提灯の立ち飲み屋も無くなったけれど。

 

そうか、おっさん達は街を卒業したんやね。

ワシらもう充分遊んだわ。後は任せたで!と、

若者達にバトンを渡したんやろ。

 

街も生き物。新陳代謝を繰り返しながら、

時代に合った形に変わって行く…。

幻のおっさんに想いを馳せながら、

どっぷりとノスタルジックな気分に浸れた

天六散策でありました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



 

 

 

 



スマホが無くても暮らせるのか?

昨日、やっとAmazonアソシエイトの登録を済ませた!その際お世話になったのは、登録方法を懇切丁寧に説明されていたブログである。
何処のどなたのブログか失念してしまいましたが、ホントに助かりました。
しかし、どんな疑問にもたちどころに答えを教えて貰えるて、なんて便利な世の中やろね。

さて、
週に3日帰る私の実家は、頭にドが3個付くような田舎だ。最寄駅まで20km、市街地までは12km、市街地へのバスは日に4本。
朝バスに乗って、ちょっと用事を済ませたら、
帰りのバスまで4時間待ち(ToT)

こんな田舎で車の免許が無いて、どうよ?

ちょっとイメージがつかめんと仰る都会育ちの方は、「毎日が罰ゲームのような暮らし」てことだけ認識しといて下さい。

で、先日実家に戻った時、スマホの充電用ケーブルを持って帰るのを忘れましてん。バッテリー残量はすでに20%を切ってるし。

ケーブルを売っている一番近い店は、8キロ先のローソン!!もうバスは無いから、自転車を漕ぎ漕ぎ、ちっともコンビニエンスでないローソンへ。

やっとゲットしてやれやれ、と思ってふと我にかえる。え?私そこまでしてスマホ必要?

TwitterもインスタもLINEもしてない。
使ってるのはメールと電話と、最近ダウンロードしたはてなブログのアプリだけ。

ブログを読み漁るのが最近の楽しみではあるが、2〜3日スマホが使えんでも差し支えはまったく無い…
はずやのに、

なんやスマホが使えんとめちゃ寂しい。
(ちなみに実家にはパソコンは無い)

これはブログを始めたことが影響してるんやね。
まだ1カ月も経ってないけれど、
今までは単なる検索ツールだったネットの世界に、
住人として加えてもらったような感覚とでも言いましょうか。

ところで、
人が一生で出会う人のうち、何らかの接点がある人は
3万人らしい。
人生80年とすると、1日に1人出会ってる計算やね。

でもネットでは
その存在すら知らなかった人々に出会うことができる。
毎日、新たに3人の方のブログを読むとして、
10年で1万人以上に出会える。
もちろん顔は見えないし、名前もわからんけど、共感したり、教えられたり、何らかの影響を受けられる。

これって凄いことちゃう?

スマホが無くても暮らせるのか?の私の答えは、
暮らせません!

だって私にとってのスマホは、
行きたい時にいつでも行ける、ネット住民への通行手形やからね。

幸せな仕事とは何だろう

今朝もお天気お姉さん「かやちゃん」の可愛らしい笑顔を観るために、めざましテレビにチャンネルを合わせる。
朝顔を合わせてるもんで、もはや他人とは思えない。

CanCamのスタイリストさんに選んでもらいました❣️」と嬉しそうに紹介されるファッションの
ビミョ〜〜なもっちゃり感も大好きだ。
(大丈夫か?CanCam

「かやちゃん」の笑顔に送られて今日も片道45分かけて出勤する。

今の仕事は別に好きでも嫌いでもない。
これといったストレスもないので、
心をフラットな状態に保てるところはいいかな。

好きな事を仕事にしている人が羨ましいなぁ、
なんてぼんやり考えていた時に、テレビで彼を見た。
なんかのバラエティ番組だったけど、
ゴミ清掃芸人としてゴミの知識を披露されていた。

それから程なくyahoo!ニュースで、インタビュー記事が掲載された。
ゴミ清掃員の日常を綴った『このゴミは収集できません』というエッセイが好評で、発売から2ヶ月で3刷を重ねたそうだ。

ゴミ清掃の仕事というと、どうしても3Kのイメージがつきまとう。
でも彼、マシンガンズ滝沢こと滝沢秀一さんは、
この世界がとっても居心地がいいと言われる。

最初は生活のために仕方なく始められたと思うが、ゴミから世相を読み解くまで仕事に精通されたのは凄いし、
キツイ仕事を笑いに変えるセンスも素敵だ。
どっちが本業かわからんけど、
なんかとっても楽しそう。

つまりこのお人はゴミのプロフェッショナルに
なりはったわけで、そこがめちゃカッコええ。

私事やけど、手持ちの金と年金額から計算し、
仮に平均年齢まで生きるとすると、
最低でも73歳位まで働かなあかん。

もし95歳位まで生きるとなると…。
気が遠くなりそうやから考えんとこ。

今の仕事は65歳で定年やから、その後に就活やけど、
周知の通り高齢者に職業選択の余地はない。
多分、清掃と賄い(皿洗い)の2択やろ。

8年か10年かわからんが、
嫌々やるにはキツ過ぎる年月やん。

滝沢さんみたいに極めることはできんけど、
ちょっとプロ意識みたいな視点は持ってみたい。
誰もがみんな好きを仕事に出来るわけじゃない。けど、どんな世界にもプロフェッショナルはいてるんやなぁ、と改めて考えさせられました。

ますます遠のくアフリエイトへの道②

ブログ開設から今日で22日。
PVはここのところ150〜200くらいで、
トータルでは3100になっている。

これが平均より多いのか少ないのか分からないが、
私的には過分な数字だ。

しかし当初からの目的であるアフリエイトは、
すっかり頭打ちで、
もうどう修正してよいのかサッパリわからん。

このようにアフリエイトに苦戦はしているが、
想定外の喜びもあった。

前にも書いたように
私はブログ名に60歳と明記しているので、
当然読んでくれるお人も同年代だと思っていた。
ところが、
読者登録してくださった方々は、
(中には同年代もいらっしゃるが)
若い方が多い。

まさか60歳のライフスタイルブログを
読んでもらえるなんて思ってもいなかったから、
本当にびっくりした。

またアップする度に、毎回スターを付けて下さる方も
何人かいらっしゃって、アイコンを見るたびに、
めちゃくちゃ親近感を覚える。
わざわざ時間を取ってコメントを書いて下さる方にも、
心から感謝している。

で、懸案のアフリエイト
近いうちにProに移行して
仕切り直したいと考えてますねん。

イメージというか妄想はこうだ。

60歳おひとり様のブログに
ボランティア感覚でいろんな方が訪問して下さる。

ボケっぷりに失笑しながら辛抱強く読み進めていくと、

『おお、こんな所にあからさまな広告が!』

私が貼りまくった広告に目を止めて下さり、
挨拶がわりにクリックして下さる…と。

あ、それならアドセンスが良いね。
ワンクリックで30円入ったらラッキーやん🤞

と、このように妄想は広がっていく。

ところで私はブログ運営で参考になる
サイトを指南書としていくつか登録している。

この方々を勝手に先生とお呼びしてんねんけど
その先生のうちお一人が、
「初心者にアドセンスは難しい」と仰っている。
アドセンスをするには
最低でも1日1000PV必要なんやて。

いっ、いっせんPVですかーー❗️❗️

どっち向いても頭を打ちまくってますな。

ブログで稼ぐて、ほんま難しいわ。

ますます遠のくアフリエイトへの道

ブログ投稿も20本になり、
懸案であったアフリエイト
そろそろ着手したいと考えているが、
まったくできる気がしない。

本によると20本も書けば慣れてくるし、
テーマも絞れるて書いてあるけど、
いやいやいや。
かなり早い段階で方向を見失ってるもんやから、
書けば書くほど道を逸れて目的地から遠ざかる。


そもそも誰に向けてブログを書こうとしたかというと、
●同年代(60歳代)●同境遇(おひとり様、貧乏)●女性
というように、ちゃんとペルソナも想定した。

で、イメージというか妄想はこうだ。

貧乏ながら、あれこれ工夫した暮らしぶりを、
ほんわかした文章で綴っていく。

そのうち

『節約料理、参考になります^_^』とか、
『年金だけではやりくり大変ですよね(^^;;』とか、
同境遇の方々とコメントを通して
ほのぼのとした交流が生まれる。

そして

さりげなく紹介した調理器具だの
節約グッズからポチポチと収入が…。


実際それを目指して、〝おひとり様の小さな暮らし〟
などとそれっぽいブログ名もつけた。

けど、書けませんねん。

大体、料理がでけへんし、
節約にしても何の工夫もしてない。
また行動範囲が極端に狭いもんで、生活に変化がない。
「暮らし」というカテゴリーに入る記事が、
どう頭を絞っても出てこない。

そんで思いついたことを好き勝手に投稿してたら、
取集がつかんようになりました。
ブログ名からも離れて行ってるし、
「おひとり様のボケない暮らし」の方が
まだしもしっくりきそうやね。

これではアフリエイト、無理やん?
100歩譲ってやったとしましょ。

アフリエイトて、広告やん?
好き勝手書いてる記事に、
取って付けたように商品の紹介が入るん?
頭の中、思い切り❓❓❓❓なんやけど。

他の方の、例えば読者登録していただいた方々の
ブログを参考にさせてもらおと思って
訪問させていただいた。
内容ももちろんやけど、
体裁からして私のブログと全然違う(´༎ຶོρ༎ຶོ`)

皆さま、どうしてその様な事がおできになるのですか。

もういっそ、備忘録としてのブログに徹しようかなぁ。
あ、あかんわ、住民税5000円分、
どうしても稼ぎたいねん。

ちょっとずつ勉強しながら、
目的に向かって進むしかない。
まず第一歩はProへの移行を目指そう❗️
設定にまた死ぬほど苦労しそうやけど。

誰かサルでもわかるように解説してくれんやろか。

老いに抗う?受け入れる?

実家の母93歳は病院などで
「お若く見えますね」と言われると嬉しそう。

「お元気」より「お若い」に反応が良い。
お若いといってもまさか10歳も若くは見えんから、
せいぜい5〜6歳であろうが、
93歳が88歳に見られてどれほどの違いがある?

そういう私はもう何年もそっち方面に興味がない。
昔は少しでも若く見られたかったけど
60歳になればもはやどーでもええ。
ていうか、アンチエイジングに費やす
お金も忍耐もないねん。

記憶力も身体能力も、
だんだんと衰えていくのは
これはもう仕方ないことやん。

と、このように自分の老いを
淡々と受け入れて生きていこうと思ってたが、
どうもそれではマズイらしい。

最近は寝る前にいろんなブログを
読み漁るのが習慣化しつつある。
で、昨日も老化をテーマに書かれてる
ブログを探してたら書評をされてる方の
ブログに行き着いた。

取り上げられていたのは、
(『年代別 医学的に正しい生き方 人生の未来予測』
和田秀樹:著)という本。

それによるとなんでも脳の萎縮は
40代から始まるんやて❗️
何の努力もせんと「きれいな脳」の状態を
保てるのは30代が限界やてこの先生は仰ってます。

脳が萎縮すると意欲とか創造性が乏しくなるらしい。
思い当たる事ありまくりなんですけどぉ。

40代の頃、フリーランスで仕事してたんやけど、
担当者との打合せに2〜3回出て、後は納期さえ守れば
ず〜〜と部屋にこもってても全然オッケー。
1週間誰とも喋ってない、なんてこともザラやったし、別に不便とも寂しいとも感じなかった。

あの頃から私の脳は
家主に無断で勝手に萎縮を進めてたんやね。

50代、60代になると今度は感情を抑制しずらくなり(いわゆるキレやすくなる)、
70代、80代で更に萎縮が進むと、
そう、認知症…。

先生は脳の萎縮を食い止めるには、
早いうちからバシバシ刺激を与えなあきません
と仰っている。
また認知症の予防には、
人との会話、コミュニケーションが最も効果的とも。

コミュニケーション能力が決定的に劣っている
おひとり様はどうしたらええんでしょう。

何かおかしな事してても家族が居たら気づいてもらえるけど、独りやとなぁ…。

テレビに話しかける日も、そう遠くないと思うわ。

とりあえず週3日戻る実家で、
93歳母と、もうすぐ2歳ポメ♀との
コミュニケーションに励むことにしましょ。